慶應義塾大学総合政策学部を卒業後、2年間の会社員時代を経て独立。以来、私の人生は「論理(Ratio)」による徹底した最適化の連続でした。
ブログという資産を活用し、起業から2年半で六本木ヒルズに事務所を構え、商業出版ではAmazon総合1位を獲得。メディア出演やコンサルティング業など、ビジネスにおける多くの目標を「再現性のあるマーケティング理論」でクリアし、走り続けてきました。
ですが47歳を迎えた頃、私の人生というシステムに、突然思いがけない「エラー」が起きました。これまで当たり前に動いていた身体が思い通りにならなくなり、ふとした瞬間に、先の見えない深い不安と孤独感に襲われるようになったのです。
複数の病院を回っても明確な原因は分からず、私がこれまで絶対の武器としてきた「論理」や「効率」では、どうにも解決できない巨大な壁でした。
暗闇の中で立ち止まりそうになった時、幼馴染の森井に「一緒にM-1に出ないか?」と声をかけました。ポンコツになってしまった自分を笑い飛ばし、この苦しい現実から少しでも意識を逸らしたかったからです。
今の私は、かつてのような「強者」ではありません。相方の優しさとツッコミという松葉杖がなければ、ステージに立つこともできない、ただの不器用な中年です。私に残された唯一の武器である「論理」と、相方の「美意識」。私たちの漫才が、同じように人生の壁を感じている誰かの心を、ほんの少しでも軽くすることができたら。勝ち負けよりも、その「笑顔の連鎖」こそが、私にとってのM-1グランプリの最大のゴールです。
日本大学法学部を卒業後、5年間の会社員時代を経て独立。以来、私の人生は常に「美意識(Forma)」と共にありました。
「年齢や立場に合った服が分からない」という悩みを持つ個人・法人からオファーを受け、のべ5,500人を超えるクライアントの身だしなみの「最適解」を設計する日々。他者のバランスを客観的に見極め、全体の調和を整えるスタイリストとしての視点は、漫才における「ツッコミ」の役割そのものだと思っています。
ある日、47歳の同級生であり、4歳からの幼馴染である倉田から電話がありました。原因不明の身体の不調に苦しんでいるという、痛切な知らせでした。何もできず、ただ見守るしかない歯がゆい日々が続く中、彼から突然飛び出したのが「一緒にM-1に出ないか?」というまさかのオファーでした。
自分にできる唯一のサポートは、ステージの上で彼の暴走(ボケ)を全力で受け止めること。そう覚悟を決め、私はこの無謀な挑戦を「秒」で即決しました。
私は決してお笑いに「精通」した人間ではありません。周囲からはずっと「真面目でいい人」と評されて生きてきました。だからこそ、このM-1という舞台は、これまでまとってきたその「真面目な殻」をぶっ壊す最大のチャンスでもあります。
暴走する相方の「論理(Ratio)」のズレを、私の「美意識(Forma)」で整え、笑いという一つの形に仕立て上げる。私たちのこの不器用な挑戦が、同じように人生の壁を感じている誰かの心を、ほんの少しでも軽くできたら。相方と、見てくださる方々に「笑顔の連鎖」を起こすことこそが、私にとってのM-1グランプリの最大のゴールです。